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アメリカの大学生はどうしてこんなに成績に神経質なのか

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最近特に成績を気にする学生の数が増えた。例えば先学期私のクラスを取っていたある学生は、学期が始まる前に「自分はこの授業でA−(Aマイナス) 以下の成績は絶対に取りたくないが、そのためにはどのように勉強すれば良いのか教えてほしい」とメールで質問してきた。 また別の学生は、最終的な成績が前学期と同じ”D”というグレードに納得いかず試験や課題のすべての成績をメールで送ってくれと要求してきた。彼は私が送った成績の詳細を見て納得したようだが、時には「ワンランク上の成績になるのであれば今から何でもする。なんとか自分だけに特別な課題を与えてほしい。先生おねがい!」などという子供じみたメールを書いてくる学生もある。「このままの成績では大学の入学祝いに買ってもらった車を親に返さなければならないんだ」と言って来た者もあった。だが、もちろんそんな要求に貸す耳は持たない。

大学側としてはそのような事態を避けるための対策として全教員に対し学期が半分終わったところで学生に成績の中間報告をするように義務づけている。また、教員は彼らの成績に関する質問にはどんな些細な事でもきっちりと説明をしてやらなければならない。これも教員の責任の一つである。私はテストや課題が終わるごとに自分の成績に対して質問や文句があれば遠慮なく言って来るようにと必ずはっきりと言っている。最終的な成績にごちゃごちゃ文句をつけてくる学生は大学生としての重要な責任を怠って来た者ばかりである。

では、どうして学生たちは(もちろん全員がそうというわけではないが)、こんなに成績に対して神経質なのか。その大きな理由は大学時代の成績は彼らの将来を左右するからである。多くの企業は大学時代の成績を大変重視している。ほとんどの会社が応募資格として4年間の成績の平均値をはっきり数字で示していると言っても過言ではない。また同じように、様々な奨学金の受給にしても大学院に行くにしてもまず資格の一つとして最低ラインの成績基準をクリアーしていなければならない。

しかしながら、アメリカの大学で働き始めた当初は学生たちの学ぶ事に対する熱意と勤勉さにいたく感激し、日本の大学もアメリカの大学システムに学ぶべきじゃないかといろんな人に主張してきたが、最近は大学という最高学府のあり方と彼らの学び方にふと疑問を抱く事もある。もちろんいい成績を取るために一生懸命勉強させるのはよい事であるのだが。

どの授業においても先生は、テスト、プロジェクト、プレゼンテーションなどなどとかなりの量の課題を課与えるため彼らは徹底的な合理主義者にならざるを得ず、成績に関連のない事には寸分たりとも時間をかけようとしないのが現実である。 何年か前にこちらがよかれと思って彼らの自主性に任せた課題を出した事があったが、誰一人としてやってきた者はいなかった。
by osakanoobachan | 2012-06-11 10:50 | 僭越ながら教育について

生活の本拠地をアメリカに大阪と行き来しながら早20余年。55プラスの世代に入るも日米国の隔てなく世事への好奇心は増すばかりの毎日。健康、美容、食べる事から外交、教育などなど、気の向くままに綴っています。


by osakanoobachan
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