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アラサーからアラフォーを経ていつの間にやら,あら50! 生活の本拠地をアメリカに、大阪と行き来し早20年。日々の雑感を独断と偏見にまみれながら綴っています。
by osakanoobachan
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私は同性婚の合法化に賛成!
[同性婚] ブログ村キーワード
これまで私の学生の中にはっきりと自分はゲイだと表明していた学生は結構いた。それぞれに「個性的で頭脳明晰だ」というのが私のゲイの学生に対する印象である。そしてみな一様に真面目で勤勉であった。中には日本に留学している間に東京プライドパレードに参加してきた学生もいる。私はそれぞれの学生とは教員と学生という関係でしっかりと関わってきたし、彼らを特別な目で見た事は無い。

同性結婚についてどう思うかと聞かれれば私は賛成であり、同性婚を認める法案の是非を問う議論があるとすれば通すべきだと言う方に一票入れるであろう。同性婚を認められていない州で共同生活をしながら一生送るとすると、認められた州での生活費より4000万も費用がかかるという統計があるがそれはあまりにも不公平だ。

ウィキペディアによると、同性愛というのは生物学において、特に高等ほ乳類では広く認知されているという。生まれつきだとすればそれによって差別されるのは納得できない。あまりにも短絡的なアナロジーではあるが、同性愛者の結婚が認められないのであれば生来心身に障害を持った人も結婚する事ができなくなってしまうのではないか。お互いに好きになって一緒に一生を送りたいという意思を尊重し応援してあげることのどこがいけないのか?

オバマの同性婚サポート発言の後ニューヨークの町を行く人々にインタビューをしている番組があったが8割方は賛成であった。みんな私と同じように好きな者同士が結婚して何が悪いのと訴えている。だが事ほど左様に単純ではないのが現実である。同性婚は宗教の問題に大きく関与している。また、私の職場のようにリベラルな考え方の持ち主が多い環境だと余り問題はないが、アメリカは広い。内陸部へ行けば行くほど保守的画一的で同性婚を認めるなんてとんでもないと考える人が増えてくる。


# by osakanoobachan | 2012-05-23 08:43 | アメリカ生活の一端を | Trackback | Comments(0)
伊藤若冲はすごい
[伊藤若冲] ブログ村キーワード
伊藤若冲ときいてふと思い出したのが、二年前に教材に使えるかもとシアトルの日本の雑貨店で買い求めた ”Animal, Bird, Insect, Fish(日本語の書籍名は「日本の図像―鳥獣虫魚」”の中にあった動物の絵である。江戸時代の画家であることは記憶していたが、どこか中国の宗元画、尾形光琳の襖絵、あるいは安土桃山時代の金碧障壁画を思い起こさせる色調だけが印象に残っていて私の肌には到底合いそうもないだろうと本棚の隅にうっちゃってそれっきりになっていた。 そしてそれから2年。先月末偶然に彼の「動植綵絵」30幅と対面する機会を得た。

全く期待をしていなかったのだが、実際のところ...、生まれて初めて美術館で「絵」を見て感動の鳥肌が立った。まずは、彼の徹底した写実主義にである。彼の動物(特に鳥類が多いのだが)に対する観察眼の鋭さはどうだ! 「卓越した描写力」なんてさらっと評してしまえる物ではない。例えば「南天雄鶏図」。一体若冲はこれだけの精緻な描写を完成させるためにどれだけの時間を費やしたのだろうか。 黒いシャモの羽根の一枚一枚、そして背景にある南天の木の膨大な数の実一粒一粒...。そのすべてを決して気を抜くことなく描ききっている。そして出来上がった作品には確かに魂が宿っている。

次に目を見張るのは、色と構図の大胆さである。南天雄鶏図では真っ赤な南天をバックに堂々とした黒のシャモが見る者すべてを圧倒してしまいそうな気迫でその存在感をアピールしている。「南天雄鶏図」の中の黒の雄鶏を描いていた時の若冲の殺気さえ感じてしまう。いや、殺気というよりこれは神気と言うべきかもしれない。

しかし、その緻密に描かれた作品の前にしばし佇んでいるとなぜかシャモの写生画がだんだんシュールな世界として私に迫ってくる。シュールレアリズムと写実主義は相反するコンセプトだと思っていたがリアリズムが徹底しある一点を超えるとシュールレアリズムに変貌することもあるのだろうか。
# by osakanoobachan | 2012-05-18 00:56 | 日々是好日 | Trackback | Comments(0)
オバマは同性婚を支持する表明をしたけど...
[アメリカ] ブログ村キーワード
休みに入ってから ラップトップでCNN のビデオニュースを見ながら朝食を取るのが日課になってしまった。トップページのビデオの静止画像とヘッドラインを見ながらランダムに選んで見ていくのだが、時々朝からひと笑いできるような物もある。例えば昨日の、SNL(サタデーナイトライブ)という深夜の公開コメディーバラエティー番組で放送されたオバマとバイデン副大統領のやり取りのパロディーはこんな感じだった。

バイデンが何となく一人いじけて子供鉄道おもちゃセットの電車を走らせて遊んでいるところにオバマがやってきて「どうかしたのか」と尋ねる。
「どうかしたのかだって??」といきり立つバイデン 
バイデン:あんたなんにも分かっちゃいないね。
すかさず「ああ、あの同性婚の一件と関係があるのか?」と返すオバマ。
バイデン:同性婚は合法にすべきだって一番最初に言ったのは俺じゃないか! なのにそれを全部自分の功績にしてしまって...。不公平だよだいたい...副大統領なんていつも裏方さ。ステージでスポットライトがあたることはないのさ...。
そう言ってバイデンは思いっきりふてくされ、まるで子供みたいにベッドに飛び込んで突っ伏してしまう。

とかく副大統領というのは影の薄い物であるが、このバイデン副大統領というのはオバマとヒラリークリントンの影に隠れて特に存在感の乏しい人である。このパロディーはそんな副大統領の悲哀をさらりとコメディーにしている。オバマとバイデン役もコメディー的なそっくりさんで、画面に出てくるだけでぷっと吹いてしまう。
# by osakanoobachan | 2012-05-16 09:26 | アメリカ生活の一端を | Trackback | Comments(0)
日本経済の底力は製造業の優秀さ
[経済回復] ブログ村キーワード
震災からの経済復興に関して朗報を聞いた。大震災で寸断されていた製造業の部品供給網が予想以上に復旧し、夏までには被災地の企業のほとんどの供給網が復旧する見込みが立ったと言うのである。そして、この迅速な立ち直りが大きく貢献し、このところ製造業の生産活動が大幅に上昇しているらしい。「V字型の回復」を示していると報じられていた。数字の上ではあるが明るい兆しが見え始めていてとても嬉しい。

このようなニュースを聞くと、過言ではなく一瞬目頭が熱くなってしまう。もちろん企業にとってもそこで働く人にとっても死活問題であるということがこのエネルギーの元であるのかもしれない。しかし、復旧作業に携わっておられる方々の懸命の努力を思うとぐっと心が動かされてしまう。そして、同時に日本の製造業を支えている人々の優秀さを強く感じる。
# by osakanoobachan | 2011-07-15 03:54 | 大震災が起こってから | Trackback | Comments(0)
日本に魅了された学生たちの辞書には風評被害という言葉はない
[風評被害] ブログ村キーワード
先週日本から帰って来た。2ヶ月ぶりに大学に行くと今年卒業した学生の一人から手紙が届いていた。封筒の表書きが余り見慣れない筆跡だったので誰だろうと思って差出人の名前を見ると二年前に私のクラスにいた学生だ。この一年間は話したり顔を合わせる機会もほとんど無かったので彼の存在はもう記憶の彼方に消えていた。

またどうしたことかと封を開けてみると、私のクラスで言語を学んだこの二年間にいかに日本への興味を深めていったか、ひいては、どのようにそれが自分の将来設計に影響を与えたかと言うことが綿々と書き連ねてある。そして、必ず日本との関わりを持った仕事をしたいとの決心を述べて手紙を締めていた。

彼が初級のクラスを終えた後文化人類学のプロジェクトで日本の食文化を研究するために日本を一ヶ月間旅行し、その研究結果をまとめたものを昨年論文にまとめて発表したことは覚えている。私の日本語のクラスでもその一端を披露する時間を作ってやったこともあったが、余り印象には残っていない学生だったのでこの手紙の内容は大変意外であった。しかしの一通の手紙で改めて日本語を教える教師としての責任の大きさを感じさせられた。また、これからの大きな励みにもなった。

風評被害で日本への留学や旅行はもう無理だろうと日本語を諦めて他の言語に鞍替えする者も少なくないという噂も聞くが、私としてはこのような風潮に逆風を吹かせるべく頑張りたい。彼をはじめとし、日本の魅力に取り付かれた学生たちは大地震や津波など物ともせずに一生懸命言語や文化を学び、日本とそして日本人と関わろうという強い気持を持ち続けている。
# by osakanoobachan | 2011-07-10 04:58 | アメリカ日本語教育の現場から | Trackback | Comments(0)
独立記念日前日の「虫の知らせ」
[虫の知らせ] ブログ村キーワード
独立記念日の休みを利用して、首都ワシントンの近くの会社でインターンシップをしている息子が帰ってきた。大学では寮に入っているので普段は全く車を運転する必要はなくこの3年間はほとんどハンドルをにぎっていない。しかし、先月初めから、アメリカ国内では最悪クラスの交通事情と混雑でよく引き合いに出される「首都圏」で毎日往復1時間余りの「痛勤」をしている。

2日前の夕方「今ワシントンメモリアルの前の芝生でフリスビーやって帰るところなんやけど、気持いいわ~」と言いながら帰宅予定を電話をしてきた。私は「連休前やから車多いし、気つけて帰りや」と電話を切ったのだが、気の緩みの感じられる息子の声から「危ないな。事故おこさへんかったらええんやけど...」とふと心配になった。

普段は漠然とした取り越し苦労を長引かせることなどほとんどないのだが、昨日の朝方何故かそんな不安が募り目が覚めた。その後買い物に出かけても消えることはなく、ケータイを持って出なかった私は家に帰るのがちょっと恐い思いすらした。ひょっとしたら主人が何かの知らせを受けて家に帰っているのではないか。何か電話がかかって来ているのではないか...。うちに入るまで気になっていたが、全くの杞憂に終わり家も電話も平常どおり静かであった。

ほっとして、とりあえずもう家に向かっているのかを確認しようと息子を呼んだ。「何時に出るの」 「いや、あの、昨日の晩警察に捕まって100ドルの罰金をはらわされたんや」と言う。その上、「実はさっき交差点で信号待ちしていたらタクシーに追突されて今やっと警察が帰ったところ」だと話すではないか。幸いどちらも対して大きな事故でもなく、本人には怪我もなく車の損傷もそれほどではないらしい。今から家に向かうと元気な声が受話器の無効から聞こえてくるのでほっとしたが、これが虫の知らせと言うものなのかと不思議な思いがしてならなかった
# by osakanoobachan | 2011-07-03 03:40 | アメリカ生活の一端を | Trackback | Comments(0)
「東北大震災を通して日本を知る」という授業が学生たちに与えたもの
[東北関東大震災] ブログ村キーワード

震災が起こったのはちょうど春休みの最後の日だった。不謹慎だとは思ったが、アメリカのメディアも含めて様々な報道に接しながら、春学期後半は日本語初級のクラスのカリキュラムを変更し、毎日授業の初めに10分余りを「東北大震災を通して日本/日本人を知る」という時間にあてることにした。当初は「地震と津波」という自然の脅威がもたらした災害の恐ろしさを実際の映像を入れながら話したが、徐々にフォーカスを「日本人」に切り替えていった。

地震が起こって間もない石巻市の惨状を背景に、全壊した家の前で「すべてなくしたから、もう笑うしかないよ。これから頑張るしかないね」 と笑っていたおばあさんの話にはクラス中が衝撃を受けてしばらくは皆無言だった。半倒壊した家の中から救助された一人のおじいさんがカメラに向かって「また再建しましょう」と言っていたYouTubeの映像には微笑む学生も多かったが、ハイチの地震の被災者との反応の違いに驚く者もいた。

ビデオやニュースの中に映し出された日本人の理性的で秩序だった行動や、 暴動や略奪などが起こってもおかしくない極限にあるのに、気高さを維持し助け合って困苦に耐えている人々の姿を見て学生同様私もたいへん感動した。そして、このような毎日の授業を通して日本=ポップカルチャーの図式しか知らなかった学生たちは日本の違った側面にも興味を持つようになったという印象を受けた。そして彼等の多くは日本人に応援メッセージを書き、NHKラジオのホームページに投稿してくれた。

参考までに投稿されたメッセージの一つを紹介する。

「大地震のニュースを初めて見た時、私は信じたくなかったです。大地震とつなみのビデオは私をとても悲しくさせました。ひどいことをたくさん見たけど、すば らしいこともたくさん見ました。ニュースで、漁船でつなみをのりこえた漁師を見てとても感動しました。その漁師は島に住んでいて彼の漁船だけこわれません でした。漁師は「私と漁船が生き残れたら、人を助けられると思っていた」と言っていました。今その漁師は毎日何ども島から本土までおうふくして、ただで必 需品と人を運んであげています。この話と同じような話は本当にすばらしいです。地震があったのに日本人はとてもやさしくて、自分より他人を大切に思う心を 持っています。それに物をぬすむ人もあまりいないと聞きました。日本人はすごいと思いました。日本は絶対に復興すると信じています。ケイティー ウースター」

# by osakanoobachan | 2011-06-27 20:11 | アメリカ日本語教育の現場から | Trackback | Comments(0)
年齢が否応なしにわかってしまう言葉遣い
[言葉遣い] ブログ村キーワード
夕方喫茶店で一息ついているとがやがやと3~4人の男性集団が入って来て私の真後ろの席についた。話の中に「ワシ」という一人称が頻繁に登場する。ダミ声で話す人がいたり、何度も「エッへーーーン」と大音量で咳払いをする人もいる。もうそれだけで顔を見ずとも私と同年代かそれ以上のオッちゃんたちの集まりだとわかるが、そんな中で極め付けだったのが今となってはおそらく死語扱いされているだろう「必死のパッチ」という言葉だった。もう何十年も聞いていなかったし使うこともなくなったフレーズである。ものすごくレトロな響きとともに耳に入ってきた。この一言で話し手は年齢50代以上の方だということはまず確定である。

しばらくして今度は一組のカップルがやってきて私の後方で話し始めた。男性は女性に対してタメ口をきいているが、女の子は敬語で話している。チラチラ聞こえてくるその話の内容からおそらく同じ会社に勤める先輩と後輩と推測されるが、彼等の社内の人物評の中に何度か聞きなれない言葉を耳にした。「チャライ」、「チャラケタ」。「チャラケまくった」。「チャライ」は語感からしてへらへらしたという雰囲気があり、「チャラケタ」は「チャらい」の形容詞形で「チャラケまくった」は複合語らしいが、今回の帰国で初めて聞いた。(これは大阪弁??)こんな新語を自然に使っているのであるから双方共に20代であることは間違いないように思う。

わざわざ後ろを向くのもするのもちょっと気が引けたので、実際この人たちの容貌は確認していないのだが、先のグループも二番目にやってきたカップルもその「言葉遣い」だけでおよその年齢が推測できる。すなわち言葉遣いでその人の人間のあり方も否応なしに伝わってくるということだ。言葉っておもしろい。
# by osakanoobachan | 2011-06-25 22:04 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
クリーニング屋のオバちゃんはプロ中のプロ
[クリーニング店] ブログ村キーワード
私にとって日本のクリーニング屋さんに洗濯物を持っていくのは結構勇気が要る。クリーニング屋のオバちゃんは皆プロ意識が高く、品物を持っていくとまず目を皿のようにして隅から隅までシミや生地の傷みが無いかを探す。そしてボタンや留め金はしっかりと付いているかをきっちり確認する。しかしながら、職人気質とでも言おうか時々失敬なコメントも容赦なく発する。前回の帰国時に、結構はきこんだ黒のパンツを持っていったら、見るなり「だいぶ色褪せてきてますよねえ」となんだかイヤミな示唆のある物言いをされた。

今回もまた安もんで色もハゲかけているスカートとカーディガンを持ち込むのは気が重かった。しかし、実のところ、この黒のフレアースカートは光沢のあるベイジュの糸で裾に大きなペイズリー風のレースの縁取りをされおり、そのヘムラインの波形のお蔭で私のふくらはぎがとても形よく見える。そして、カナリヤ色といわれる明るくて優しい黄色をしたカーディガンは元気を呼ぶ色なので手放せない。この二つのアイテムと共に黒のタンクトップをあわせ黒のエナメルのベルトをすると色合いもシルエットもよく私のお気に入りのスタイルになるのである。このところずっと同じものばかり着ていた私は気分転換をしたくて思い切った。

ところが、この日の担当はいつもとは違うオバちゃんだった。私が、遠慮がちに「安もんで、ちょっと引っかき傷もあるんですけど...お願いできますか」と言ってスカートとカーディガンを出すと、彼女の口から出たのは全く予期しない言葉であった。「これお気に入りなんでしょ。わかるわア。」スカートを広げながら点検しているまなざしはプロである。しかし、それだけではない。彼女は私の躊躇している気持を見事に見抜いて対応してくれたのである。彼女こそプロ中のプロ!私はこの日一日彼女のお蔭でどれだけ気分よく一日すごせたことか。
# by osakanoobachan | 2011-06-24 22:38 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
どうして母が娘と同じギャル系ファッション?
[親子ペア] ブログ村キーワード
大阪ミナミの地下街を歩いていると、時折ギャル系ファッションを身につけて闊歩している推定年齢アラフィー女性が目にとまる。また、大学生か20代前半の娘と同じスタイルで買い物をしている母親もいる。

ファッションの基本は、身に纏うものによって自信を得、その時々の時間を気分よく過ごせればいい。そうすれば自然に他人にも優しくなれるという効果もある。 しかしながら私の目にはふんわり可愛いレースのワンピースを娘と同じようにガーリーにコーディネートしている中高年は概して奇妙に映る。本来ならば一つになるべきではない二つの全く異質の部品が合わさってしまったアンバランス感覚を斬新ではなく奇異なものとして感じてしまうのである。

母親が娘と同じ格好をするというのは、娘とは親子関係よりも友達同士でいたいという気持の表れ、すなわち子供と一体化したいという心理の表れであるような気がする。

一見すると仲睦まじく微笑ましい関係であるようにも見えるが、しかし、親と子が一体化していたらいつまでたってもお互いに自立することが出来ない。親は子離れできないし、子供だって巣立ちが妨げられる。親が子供と友達だったら家が余りにも心地よすぎて子供は自立できずにみんなニートになるって誰かが言っていたが、それは過大解釈であるとしても、その危険性はやはりあると思う。母と娘、やはりこれも本来ならば一つになるべきではない二つの存在である。
# by osakanoobachan | 2011-06-23 20:14 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
母の化粧
[柴田トヨ] ブログ村キーワード
母は、長年化粧品会社の会社に勤めていたこともあり肌の手入れの仕方も熟知し、女らしく見える化粧の仕方をよく心得ていた。認知症の症状が出始めても化粧だけは完璧だった。

5年ぐらい前だったか、まだ一人暮らしをしていた時、時間をかけて丹念に化粧した顔を私のほうに向けて、「今日の顔はどうや?」と上目づかいで私に尋ねたことがあった。雀百まで踊り忘れずというが、たいへん上手におつくりをしていた。「ごっつきれいやよお」と明るい声で返すことが期待されているのは十分承知していたのだが、私は素気なく「うん」としか言ってやれなかった。親の目の中にある、いつまでたっても女を捨てられない部分に何かおぞましさを感じたのである。親がいくつになっても毎日時間をかけて化粧するのを見るのが嫌だった。食卓の上に常時散乱している色々な化粧道具のせいで、台所がとても荒んだ場所に見えた。

そして、もう私の言葉をどれだけ解しているかわからなくなってしまった今になって、毎日一生懸命に誉めている。「今日はほんのり桜色の顔しているわ、きれいやでえ」、「肌つやつややなあ、ほんま、30代ぐらいにしかみえへんで...」。実際、心から美しいと思っているから言葉は自然に出てくる。伝わっているのか時々そんな私に表情を変化させる。

しかし、この間柴田トヨさんの「化粧」と言う詩を読んでいていつまでも化粧をし続けていた母の気持がやっとわかった。そして、やっぱりその時に一生懸命誉めてやらなかったことを後悔した。

化粧    柴田トヨ

倅が小学校の時
お前の母ちゃん
きれいだなって
友達に言われたと
うれしそうに
言ったことがあった
それから丹念に
97歳の今も
おつくりをしている

誰かにほめられたくて

# by osakanoobachan | 2011-06-22 21:49 | 母のことを書いておこう! | Trackback | Comments(0)
大震災が起こってから-3 ピンポイント支援ができる「311help.com」というサイトをご存知ですか。
[東日本大震災支援] ブログ村キーワード
最近よくメディアで取り上げられるようになったが、インターネット上に被災地で必要とされている物資・支援要求などの情報を書き込み、共有することができる「311help.com」というサイトをご存知だろうか。私は、TBSのラジオ番組「小島慶子のキラキラ」で知ったのだが、震災発生後わずか一週間で開設されているというアクションの速さにまず驚いた。そしてそれに加えて、非被災者の視点から選ばれた物を不特定多数の被災者に送るという従来の災害支援とは違って、本当に必要とされている物を本当に必要としている人に送るというこのやり方は、まさに支援の本来の目的にかなっている。何と素晴らしいアイディアなのだろうか。

被災地の方は今自分に必要なものを書き込むだけ。私たちは書き込まれたリストを見て、手元に送ってあげられる物があればウェブ上に記載されている連絡先にメールや電話を入れ、住所などを確認し合い送付の手はずをととのえる。私は先月ちょうどうまい具合に貰い手を捜していた電気製品を欲しいと書き込んでおられる石巻の方があったので早速送った。宅急便の取扱店の人の話では石巻は通常より時間がかかるかもしれないとおっしゃっていたが翌日早々とお礼の電話がかかってきた。

被災者の方だけではなく、何かを届けたいけれど具体的に何をどうやって届ければ良いのかわからなかった非被災者にとっても、的確な必要情報を提供してくれる願ってもないサイトである。
# by osakanoobachan | 2011-06-21 22:21 | 大震災が起こってから | Trackback | Comments(0)
同窓会でのワープ体験
[同窓会] ブログ村キーワード
久しぶりに小中学校の同窓会に出た。160名近くの卒業生のうち40名が集まった。私にとっては40年ぶりに会う旧友も多かったが、外見こそ人生の年輪をうかがわせるものの、それぞれが纏っている雰囲気というものは当時のままである。不思議なくらい一目見ただけで誰だかすぐにわかった。ほんとうに皆全く変わっていない。

そして、会が進行し皆の表情や話しぶりを観察しているうちに、なんだか「目の前に起こっていることはバーチャル世界での出来事であり、現実はその後ろに隠れているんじゃないか」という気さえしてきた。「これはひょっとしたら皆すごく精巧にできた仮面をかぶって(それこそスパイ映画のSaltでアンジェリナジョリーが見事に七変化したあの変装術を使って) 『40年後の私たち』と題した劇をやっているんじゃないか。この会が終わったらみんなそれをはずして洟垂れ小僧に戻り教室に帰って行くことになっているんだ。 足が悪くて特別用意された座椅子に鎮座しておられる先生だってあと一時間もすれば仮面を投げ打って教壇にさっさと戻り昔の勢いで私たちを叱り飛ばすに違いない...。

だが、今日一日を振り返ると、朝には主人とスカイプで息子のことをあれやこれやと話した。そして今はこうして母のいる病院へ行くために地下鉄の切符を買っている。私はの同じ時間の延長線上で同窓会に参加して級友たちと再会したのであり、バーチャルの世界での出来事であるはずはないのだ。あの場にいた級友たちは40年という月日を経た今の本当の姿以外のなにものでもないのである...。40年という年月をひとっ飛びしてしまったがゆえのワープ体験。会の始めに撮られた集合写真を見ても今尚現実感が薄い。

# by osakanoobachan | 2011-06-19 22:21 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
公共の場に対する非常識さと自分のつながりのある者に対する丁重さ
[公共の場で] ブログ村キーワード
きのうの南海電車の中でのこと。20代の前半と思しき男性が大声で電話をしていた。乗客はまばらで私は30分近くの乗車時間を読書に当てようと腰かけたのだが、どうも気が散って読むことが出来ない。

正面を向けば「車内でのケータイの御使用はご遠慮ください」というポスターが目に入るはずだし、車内アナウンスも流れているのに、それらを全く無視して世間話を続ける彼のマナー違反に私は少しイライラしたが、終わらない電話はないと言い聞かせながら我慢していた。そしてしばらくの後、話の終わる気配が見え始めたと思ったら、彼は「長々と電話で話してごめんナ、ほんとに...」と通話の相手にそれはそれは丁寧に詫びて電話を切ったのである。それから、少しの間をおいてまた車中に着信音が響き渡ったが、彼の口から開口一番出てきた言葉は、「...いいえ、今電車の中ですから全然大丈夫ですよ。どうぞご用件をお話ください...」。彼はまたよく通る大きな声での会話を始めそれは終着駅まで続いた。

私は、この公共の場に対する彼の非常識さと自分のつながりのある者に対する丁重さのコントラストに非常に驚いた。おそらく彼は知人たちの間では礼儀も正しくよい人なのだろう。彼の電話での話しぶりからそのように察することが出来る。しかしこの公共の場におけるなマナーを無視した態度はどこからきているのか。

柳田邦夫は「壊れる日本人」の中で 「テレビやゲームやコンピュータのバーチャルリアリティー(仮想現実)の世界で一日の多くの時間を過ごす若者たちは、この二つの世界の区別がつきにくくなってきている」とIT社会が今の若者の人格形成に与えている否定的な影響を指摘している。やはりこの青年のマナー破りもそうなのだろうか。彼の中では自分個人の空間と公共の空間(この場合は電車の中)がオーバーラップし、電車の中というのも個人空間の一部と認識されているのか。それともただ単に彼は「電車の中で電話して何が迷惑なんや」と思っているにすぎないのだろうか。




# by osakanoobachan | 2011-06-18 22:30 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
大地震が起こってからー2 危機に直面した時普段どおりのことができるか
だが、具体的に被災者の方々の支援に繋がることを始めると同時に「それにも増して大切なのは教室で学生たちに向かい合う時には罪悪感だの無力感だの負い目だのといった負の感情を払拭し毎日の授業を今まで通りきっちりとやっていくことである」と自分に言い聞かせた。大震災から受けた心のストレスがあったから仕事がいい加減になってしまったなどという愚かないい訳だけはしたくはなかった。

「街場の大学論」で、内田樹先生はこんなことを書いておられる。「古来、胆力のある人間は、危機に臨んだとき、まず、『普段どおりのこと』ができるかどうかを自己点検した。まずご飯を食べるとか、とりあえず昼寝をするとかね。(中略)状況がじたばたしてきたときに、普段どおりのことをするためには、状況と一緒にじたばたするよりもはるかに多くの配慮と節度と感受性が必要である。(中略) 危機的な状況において「きゃー、大変よ!」と言ってじたばたしていると人間の能力はどんどん低下する...。」

全く予想だにしなかった状況の中でパニックに陥るとまともな思考も感情も竜巻のごとくで空中に巻き上げられ、後に残るのは目も当てられぬカオスである。 しかし、私たちの日常起こる小さなアクシデントに対しても出来るだけ慌てず対処しその出来事の直前までやっていたことを続けるという習慣を身につけておけば、実際の危機に面したときにも結構冷静でいられるものである。

例えば、通勤電車が事故で遅れた時にもあわてずさわがず、広げていた本の続きを読み感想をまとめてみたりするなんて結構いいトレーニングになる。2年前一時帰国中に見つかった病巣のため全く思いもかけず一ヶ月に二度も大きな手術をうけなければならずパニック寸前になった時、日ごろのそんな生活習慣がとても役に立った。
# by osakanoobachan | 2011-06-17 22:00 | 大震災が起こってから | Trackback | Comments(0)
味は視覚で決まる
[視覚効果] ブログ村キーワード
日々食べることには真剣に取組もうと思っている私は、食事を盛り付ける器の色や柄、そして素材には結構気を使う。食材とぴたっとあって目を楽しませてくれる食卓に仕上がると、「早うたべようなあ」と皆をせかして食事を始めたくなる。そして、私にとって食事の時間は断然楽しくなる。

野村順一氏の著書「色の秘密-最新色彩学入門」の中に「色彩はいつも食べ物の一部である。色彩が味覚に強烈に働きかけ、食器と共に食物を味わっているので、『皿まで食らう』とは視覚的には本当のことである。粗末な食器では美味しい食べものも、まずくなるというものである」という一節あるが、まさにその通りであると思う。

少し味付けがうまくいかなかったカレーもアイボリー地に金色と黒の縁取りのあるRenoxのお皿に盛り付ければ味覚の失敗を補ってくれる。肉じゃがや筑前煮などを九谷焼の華やかな色絵が施された鉢に盛ると不思議と美味しさが増す。青磁のお湯のみでお茶を飲むと,お茶の色が鮮やかになって美味しく味わえるし、美しい黒塗りの銘々皿で福壽堂秀信の道頓堀をを頂くと優雅な気分になる。

しかしながら仕方のないことかもしれないが、家の男性たちは味と視覚の関係を頓着しているような余裕はないらしい。私が留守をしているととにかく毎日同じ食器で三度の食事をしている。カレーもサケの塩焼きも食後のメロンもデザートの大福餅も、いつも一番安物の白の大皿に盛って食べていると息子が言っていた。皿洗いが任務の主人にとって、時間、労力、水、洗剤のすべてを節約できるこれ以上実用的な食器の選び方はないというのはとてもよくわかるのだが...。


# by osakanoobachan | 2011-06-16 20:40 | 食べることは大切にしたい | Trackback | Comments(0)
日本に帰ってきたらしゃがむトイレを使おう
[和式トイレ] ブログ村キーワード
この20年間は洋式トイレだけの生活をしてきたが、それによって知らない間に身体を甘やかしていたようである。外出時に和式しかないお手洗いに遭遇すると次なる洋式に出会うまで我慢するという変な習慣を身につけてしまっていた。

しかしながら、今年の夏はこれまでとは逆で、和式があるお手洗いであれば少しぐらい待ってでも選んで入っている。そのきっかけは、やむを得ず入ったしゃがむトイレで用を足し立ち上がろうとした時、「この動作は結構筋トレになってるで」と感じたからである。大腿筋、股関節、ひざ関節などを使わなければしゃがんで立ち上がるという動作は出来ない。

私自身、足腰を鍛えるために寝る前にスクワットをする日を決めているのだが、この20年間しゃがむ姿勢で用を足していればワザワザこんなことをしなくても日常生活の中の動作で自然に足腰が強化されていたのではなかったかと思う。

しゃがみ便所は私の祖父母の時代の日本人の足腰の鍛錬に貢献してきたに違いないというと大げさすぎるだろうか。もちろん足腰が弱くなった高齢者が座るトイレから受けている恩恵は大きいが、その一方でトイレも含めて生活様式が西洋化したことで人々の筋力が衰えているという事実は無いのだろうか。
# by osakanoobachan | 2011-06-15 21:11 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
大震災がおこってからー1.海外で生活しているが故の負い目と罪悪感
[東日本大震災] ブログ村キーワード
大震災が起こった当初、「自分と同じ日本人が苦しんでいるのに異国でのうのうと暮らしていいんだろうか」という疑問と罪悪感からしばらく逃れることが出来なかった。自分の一挙手一投足が、被災者の方々に対して、あるいは悲しみにくれているであろう日本人全体に対して不謹慎にならないだろうかなどと言うことばかりにとらわれた。

少し落ち着くと、母国を離れて生活している私に一体出来ることがあるのだろうかと言うことに目が向くようになった。しかしながら、時々刻々と報道される被害の大きさや悲惨さを知るにつけ、この状況をどのように把握していいのかわからなくなり、一刻も何かをしなくちゃならないのに何をするのがベストなのかがわからないという焦燥感とある種の無力感にさいなまれ始めた。そして自分は日本にも被災地にもいないのであるから結局は人々の痛みを同じようには感じることは出来ないのだという負い目も常に感じていた。おそらく日本国内にいて様々な角度からの報道に接し、日本人同士でお互いの感情を吐露しあっているほうが楽なんじゃないかとも時々思った。

しかし、しばらくして、結局自分の行動をそんな基準で制限したり、罪悪感を持ち続けていても、そしてこの状況が理解できないからと言って手をこまねいていてもそこから生まれてくるものは何もないという結論に達した。

微力でも、何か自分に出来ることを考えて実行していこう!震災後二週間後にそう心に決めた。
# by osakanoobachan | 2011-06-14 20:15 | 大震災が起こってから | Trackback | Comments(2)
大阪人よ、信号を守ろう!!
[大阪人] ブログ村キーワード
頭上に阪神高速が通る高島屋前の大きな交差点で信号待ちをする。大阪人、特にミナミを行き来する人にとっては信号なんてあってなきが如くと言っても過言ではない。青信号まではまだまだ時間があるにも関わらず車が空き始めると、まず私の目の前にいた車椅子の男性が率先して交差点を渡り始めた。なんだか堂々とずいぶん誇らしげに先頭きって交差点をスイスイ渡っていく。「おっちゃん、それ以上障害持ったらどうすんの?」と声をかけたかったが、皆が渡り始めたら、車椅子を進めにくくなるだろうなというのもわかる。

すると、このおっちゃんに先導されたかのように続々と信号無視の歩行者もわたり始めた。以前にも書いたがこの交差点と目と鼻の先にある高島屋と南海通りの間にある交差点なんて信号に加えて、「危険ですから青になるまでお待ちください...」てな女性のアナウンスまで入るにもかかわらず、大方の人は「そんなもん聞いてられるかいな」と待ちきれずに渡ってしまう。これって大阪人の合理性の一つかなとふと思ったりもするのだが、大阪府内で昨年発生した死亡事故のうち、歩行者・自転車の信号無視によるものの割合が全国平均の2倍以上にのぼるというデータがあるという事実もよく胆に銘じておかなくてはならない。
# by osakanoobachan | 2011-06-13 20:09 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
大阪のど真ん中に、こんなに緑が多いとは...
帰国して一ヶ月が過ぎた。普段は緑の木々に囲まれた環境で生活しているので、見渡す限りビルとコンクリートで囲まれた大阪のど真ん中で暮らしを続けていると、そろそろフィトンチッド欠乏症である。しかし、今日は思いがけく色々な所で緑を見つけた。

どこかに目に優しい草花や木たちはいないものかと探しながら 難波OCATの前の道を南に向かって歩く。午前8時前。まだ人通りも少なく吹く風も心地よい。車の騒音を避けできるだけ路地裏の人家のある場所を選んで通ると、可愛い赤のベゴニアや私にとっては懐かしい松葉ボタンなど初夏の花たちが思いがけなくあちこちから挨拶してくれる。見上げればマンションの小さなベランダを最大限に利用して季節の草花を育てておられる方が思いのほか多い。

幹線道路沿いの歩道に戻ってまだ開店には間があるご飯屋の前を通り過ぎようとすると神妙な顔つきで如雨露で花に水をやるオッちゃんの姿が目に留まった。薄紫のペチュニア、オレンジ色のマーガレット、色とりどりのパンジーが植わった鉢が所狭しと歩道の脇に並べられている。店主の趣味でもあるのだろうが、その手入れの行き届いた花たちを見ているとおっちゃんの心栄えが思いやられて思わずほほえんでしまう。

一見すると緑など全く無い乾ききった印象を持ってしまうこのあたりであるが、気をつけて見てみれば人々はそれぞれ自分なりに緑で癒しと安らぎを得ているように思う。そういえば今目の前に見えるビルの窓のブラインド越しにスネークプラントの鉢植えが映っている。ちょっと忘れ去られている印象を免れないけれど...。
# by osakanoobachan | 2011-06-12 12:09 | 一年に3ヶ月の大阪生活で | Trackback | Comments(0)
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